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2006年09月30日

日記: abstract

 学校を出て10年も経つと、かつては皆同じようだったのにずいぶん違った顔つきになるものだ。この開きは今後ますます広がるだろう。私の予測だと、45歳前後でピークを迎え、その後は再び同化の途をたどる。10代の頃若さが個性を凌駕していたように、今度は老いが個性を破壊していくのだ。そして最後には皆同じ顔で死んでいく。
 人間は顔がすべてだ、とよく思う。顔は自分の作品だからだ。どうデザインするかによっていかようにでも変わるし、反対に小手先でいじったからといって変わるものでもない。そういう意味で、自分を含め周囲の人間がこれからの20年をどんな顔で過ごすのか、とても興味がある。
 ランチを食べながらMさんとそんな話をした。抽象的な話のできる友人は本当に貴重だ。年齢があがるにつれて、具体的な話ばかりしたがる人が増えたからだ。投げっぱなしでその先には何もない。永遠のごとき退屈があるだけだ。
 元来抽象と具体はセットなのであって、抽象的な会話を補足するために具体例を挙げ、あるいは具体的な会話から何かを抽象することで、理解を深めることになっている。それが会話なのだ。こんなふうにいやらしく言語化しなくても、多くの人はそれを感覚で知っている。それなのになぜ、どうしてそんなにとりとめのない話ばかり……と嫌になることもあるのだけれど、きっと彼ないし彼女は想像力を使うのが面倒なのだと思い当たると、少ししんみりする。きっと彼らだって子供の頃は、奇想天外なことを口にして周囲を喜ばしていたはずなのだ。大人になることと想像力を失うことは決して同義ではない。

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2006年09月28日

日記: Je suis patron

 ぷらぷらと書店を見て回り目についた文庫本を買って帰る。最高の愉しみである。台所の都合でハードカバーをばしばし買うわけにもいかないし、かといって図書館の本は他人の匂いがついていて落ち着かないので、妥協案として文庫を買うわけだ。月に5、6冊というところだろうか。
 私の読書はかなりいい加減なもので、一冊の本を一息に最後まで読むことは少なく、何冊かを同時進行でちょこちょこ読む。作業の合間やなんかにそこらにある本を手に取って飽きるまで読むのだが、これがわりとすぐに飽きる。だから複雑な筋の小説は適さないので、自然と随筆か軽めの小説ということになる。
 むろん本格的な小説を読まないわけではない。こちらは「さて、読みますか」という感じで数時間集中して読む。もちろんハードカバーである。そこにはささやかながら私の流儀ようなものがあって、本当に読みたい作品と初めて読む作家の本はハードカバーで買うことにしているのだ。好きな音楽家のCDは決してレンタルしないというのと似ていて、作品を完成させた才能と努力に敬意を払うという意味で高価なハードカバーを買うのである。弱小ではあるけれど、私はパトロンなのだ。
 人が作品に金を払うというのはすごいことだ。作り手は額に見合うように作らざるをえない。そのプレッシャーがよりよい作品を産むことになり、結局買い手はさらにいい思いができるという理屈である。そして当然だけれど、おもしろくなかったら次からは買わない。たかが本とはいえ、きったはったの世界なのだ。
 そういう仕分けに基づいて、今月買って読んだ本。

・内田百けん『百鬼園随筆』
 自然と顔がにやけて胸がとくとくするほど好きである、今年出会った作家の中で一等賞
・開高健『小説家のメニュー』
 そんなことは一言も言っていないのだが、非常にエロい
・伊丹十三『女たちよ!」
 そんなことは一言も言っていないのだが、この世がくだらなくなってしまって自殺したのかしらと思った
・壇一雄『壇流クッキング』
 脇に置いて思い出したように一項目読んで頁を閉じる 楽しい!
・村上春樹『パン屋再襲撃』
 あらかた読み尽くしている中で読み落としていた短編集('86年刊) その年齢でないと書けないことや出せない雰囲気があるのだと実感
・群像創刊六十周年記念号
 まだ数作品しか読んでいないがやはり町田康が最高 作品を出すたびにポパイのように強くなっていく
・江國香織『赤い長靴』
 ニュアンスに満ちていて読んでいると眠りたくなる 眠くなるわけではなく生きるのが面倒になる感じである
・金原ひとみ『オートフィクション』
 非常におもしろい ギャグセンスが思いのほかよく時々声をあげて笑った 次の作品が楽しみな作家リストに加える
・森博嗣『少し変わった子あります』
 彼のブログを読むのが毎朝の楽しみなのだが小説を読むのはこれが初めて 今年出会った作家第二位

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2006年09月25日

日記: DOTCH

 祖母の具合がよろしくない。先日たこ焼きを喉に詰まらせて以来、嚥下機能がさらに低下して、水分栄養補給はすべて経管で行うことになった。一日に6回、鼻から点滴を入るのだ。車椅子にも乗ることができず、終日寝たままで過ごしている。寝返りもうてない。だから二時間ごとに体位を変えて、床ずれを防止する。おむつも取り替える。ひとつひとつはちっとも難儀ではないけれど、それを間断なく続けなきゃいけないのが難儀である。
 しかしあの様子だと今年もつかどうかという段に来ているように見受けられる。本人の死にたい願望もいよいよMAXのようだし、ならばすっぱり逝かせてあげたい、家族としても死ぬのか死なないのかさあDOTCH、という宙ぶらりんの状態は心労が募る、と思ったところでこればっかりはどうしようもないので黙って見守るだけだ。
 私はドライな人間なので考えても仕方のないことは考えないのだけれど、母はずるずると引きずられて他のことが手に着かず、気の毒である。基本的に私より優しいと言えるのだけれど、そういうのは上手く切り替えていかないとクラッシュしてしまうので一週間ほど宮崎に行ってくればいいという話をした。
 何事もそうだが、大変なことを大変と思ってしまうと結局のところ損をするので、おほほ、こんなこと鼻くそほじりながらでもやれますのよん、と強気に攻めるほうがいい。そしていっぱい笑ったほうがいい。そうするうちに本当にへっちゃらになるのだから不思議である。

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2006年09月22日

日記: ハピネス

 賑やかな日々を通り過ぎて、それはそれで素晴らしいかけがえの時間だったと振り返るのだけれど、同時に自分が日常をどれほど愛しているのか痛感している。
 二十代の時分は祭事を楽しみに生きているふしがあって、何もない日常を退屈だと感じることも多かった。様々な出会いと体験を求めてどこまでも行ってしまう若さと馬鹿さがあった。むろん今だって十分に若くて馬鹿なのだけれど、当時のような気楽で無防備な感じはやはりなくなった。
 身体と思考というのはhand in hand、一方の変化に合わせてもう一方が自然にシフトしていくものだ。むかし二台の車が並走しながらカーブを綺麗に曲がるCMがあったけれど、イメージとしてはああいう感じである。お互いの声を注意深く聞いて思いやる優しさがあれば、カーブを美しく曲がることができる。しかしそれをないがしろにしていると歩調が乱れ、その結果病気になったりするのだ。
 そういう意味で、規則正しい生活を望むようになったのは自然なことなのだろう、数年前から私は毎日定刻に起きて、ルーティーンをこなし、定刻に寝る、そんな日々を楽しむようになった。何が楽しいのかと首をかしげる人もあるのだけれど、おそらくこれはダンスのようなもので、リズムに合わせて動くうちに湧き出る情熱や興奮があるように思う。それは静かだけれど深くて、とても力強い。日常というのは何もないからといって何もないわけではない。毎日同じことをしていても昨日と今日は確実に違うのであって、それが希望であり明日への活力でもある。
 穏やかに晴れた朝、こうやってパソコンに向かって文章を書いていると喜びが身体に満ちていく心地がする。窓の外を見るとすぐそこの屋根で茶色の猫がひなたぼっこをしていて、先ほどは丸まっていたのだけれどあまりにも気持がいいのだろう、今はのし棒でのしたように真っ平らになって寝ている。触ったら柔らかいだろうなと想像しながら続きを書く。幸せである。

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2006年09月19日

日記: WITH YOU

 うっかりと、いや厳密にいうと、のちにうっかりだったと後悔することになろうと予測しながら、FF9に着手してしまった。こつこつと何かを積み上げたい気分だったことは確かで、むろん実生活においても積めるものは躊躇なく積むのだけれどなんのその四六時中滞るのであって、となればロールプレイングゲームに勤勉に取り組めば日常作業のペースメーカとなるのではないか、これ妙案と膝を打ってコントローラを握ったとか握らないとか、とにかく始めちまったわけだよ。
 たまたま手近にあったソフトがFF9だったというだけなのだが、ゲームを進めるうちになかなかおもしろい作品だったのを思い出した(カードゲームがあったり、チョコグラフを掘って地形と照合したり)。前回のメモリを見ると95時間プレイしていて、私の時間を返して……とうめいてしまうのだけれど同時に、かつての自分に闘志を燃やしていっそう丁寧に城や村を散策している自分がいて、あ〜んもうやらなきゃよかった、ぶるぶるヴァイヴするコントローラを握りしめこつこつ積み上げるリグレット、この冗長なCGの間ぶるぶるするコントローラを股間にあてがってみた者は多いだろうなあ、では私もちょっと失礼して、ぶるぶる、うふふ、と笑ったところで「そういうことをするのはやめなさい」と大ちゃんに叱られたのだった。
 しかしいくら暇人でも平日昼間っからゲームをする勇気はなく、でもあ〜んあたしったら誘惑に負けてしまいそう、そんなあなたに朗報です、あたしの秘策をちょっぴり教えちゃうわ名付けて「WITH YOU」作戦、朝出かけたっきり夜まで帰って来ない旦那様のポケットにメモリカードを忍ばせておけば、ほら!やりたくてもできないうえに旦那様の帰りが待ち遠しいときた!節度あるゲームライフで夫婦円満!あなたも是非!

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2006年09月16日

日記: 重さのわけ

 秋祭りである。道の両脇に出店が並び、御神輿や山車が出る。はっぴを着た若い衆が威勢のいい声をあげて町内を練り歩く。興奮した子供たちがそこらをかけずり回る。実に原始的な風景だと思う。
 昔から祭りが楽しみで仕方なかった。太鼓や笛の音が聞こえるだけでそわそわして何も手につかない。私の育ったあたりは下町なので祭りは本当に賑やかだった。子供用の御神輿を担いだり、お菓子をもらったり、皆で銭湯に行ったり、あの胸躍る感じは忘れられないのだが、とりわけ印象的なのは大人の男衆の格好良さだった。
 金色に輝いた大きな御神輿をしかめっ面でかいてみせて、子供がちょろちょろしていると危ねえからどいてろと声を荒げ、そいやそいやと野太いかけ声が響き渡る。はだけたはっぴからは分厚い胸板がのぞき、頭にはねじりはちまき、足袋を履いたたくましい足がまとまって通り過ぎていくのをどきどきしながら見ていた。大人の男が無性に格好良かった。
 もちろん当の男衆もたいそう気分が良かっただろう。重いものを担いでいるというだけで気持は高揚するのだし、ましてや沿道の婦女子たちに見つめられているのだから悪いわけがない。相当の晴れ舞台、ずいぶん気合いをいれていたはずだ。
 このシンプルさがとてもいい。結局のところ祭りは男がセックスアピールできる場なのだ。重いものを担ぐ姿を見るだけで、子供は大人に憧れ、女は男に憧れる。男の魅力の基本は何といっても力持ちであること、だから御神輿は軽くちゃいけない、どこまでも重くなくちゃいけない、無意味なまでに重いことに意味があるではないかと思ったりした。

投稿者 shiori : 09:59 | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年09月15日

日記: オシャカ

 実家の車を借りて御殿場プレミアムアウトレットへ。東名を使えば一時間半で着くこともあって、一年に一度のペースで通っている。目当ての店がない人はおもしろくもなんともないと思うけれど、好きなブランドの商品がほぼ半額で買えるのは嬉しい。FENDIのバッグ(贈答用)とLOEWEの小銭入れ(贈答用)とDIESEL数点(俺用)とROYAL COPENHAGEN数点(俺用)を購入した。PRADAのドレスがそれはもう素晴らしく可憐だったので「何かあった時のために」と買おうとしたら「何かあってから買えば?」と忠告されてなんとか踏みとどまることができた。70%offという数字に騙されてはいけない、元値は25万なのだから。ふう。
 そんなわけでアウトレット価格でいい品々を買えたことだし今晩は外食でもしようかしら(買い物で疲れたからご飯作りたくないの意)と思っていたらまあ本当に驚いちゃったわよ、海老名インター入口で唐突に車が動かなくなり、JAFに港北インター付近の車検屋まで牽引してもらった代金30,000円、廃車費用50,000円、この疲労PRICELESS……
 ナニがナニでナニしたもんでエンジンがいかれてしまったそうで(私たちの非は3割)、耳慣れない専門用語はすべて忘れました、車はオシャカになりましたチ〜ン。緑色のROVER、享年8年、走行距離18,000km。
 お宅の車オシャカにしといたぜ、と実家に報告にあがると「まあ無事でよかった、次は何買おうか相談していたところなのよ」と実にさっぱりしたもので、愛車心がないのもよい場合もあるのだった。それにしても高速のど真ん中でエンストを起こさなくて本当によかった。次々に追突されて車のみならず私たちもオシャカになるところだったのだから。命の値段、PRICELESS!

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2006年09月10日

日記: after the banquet

 目を覚ますとそこはホテルオークラだった。枕元のスイッチを押すと、分厚い遮光カーテンが開き、部屋いっぱいに朝の光が射し込む。素晴らしい朝である。さあ、あなた起きて、朝よ、希望の朝よ、あら、あなたまだお酒臭い御愁傷様あれだけ飲んだだものそれは辛いでしょうね、でも全部自分が悪いの甘えちゃいけないのわかった?、ここに朝食チケットが二枚あるの、値段を調べたら2,500円だったわ二枚で5,000円、あと十五分で朝食タイムは終了するの、だから起きなさい今すぐ起きなさい、起きろ起きろっつてんだろテメエ、5,000円ドブに捨てる気かテメエ、
 ということで朝食を食べに行く。ホテルオークラ内の廊下で石田純一とすれ違った。ホテルオークラなのだからそういうこともあるだろう。レストランで席に着くと、背後に梅宮辰夫と妻とアンナとその娘が座っていた。繰り返すようだが、ホテルオークラである。朝食も文句なく美味しかった。紙ナプキンもとびきり分厚かった。万歳。
 客室だけれど、まず部屋が二つあることからして驚いた。液晶テレビも二つあった。バスローブも二つあった。FAXはひとつだった。もう一生泊まることもないので、記念にアメニティグッズをあらいざらい鞄にしまい、思い出を胸にしまい、ごきげんようホテルオークラ。
 さて私は何回ホテルオークラと言ったでしょう、というクイズは置いておくとして、実家にて荷物の受け渡しなど。祖母が帰ってきていた。なんだかとても怒っていて、母の顔を見てもそっぽを向いたそうだ。老人ホームでの記録を読んでみると、「ほとんど食べませんでした」だの「二口食べただけでもう部屋に戻って寝るとおっしゃいました」だの書いてあって、ハンガーストライキかよ!、施設に預けられたのがよほど不本意だったようだ。まあそれだけガッツがあるならよいではないか。通信欄に「どんぐりに興味を示されたのが印象的でした」と書いてあってなんだか笑ってしまった。
 夜は三鞭酒を開けて昨日の祝宴で手をつけなかった料理(支配人が折り詰めしてもたせてくれたのだ)を頂きながら余韻を楽しんだ。

投稿者 shiori : 11:58 | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年09月09日

日記: 御礼

 当初はそういう柄ではございませんと顔をしかめていたものの、やったらやったでなんて楽しいんでしょう、最高の一日を過ごしました。これから先、どんなことが待ち受けているのか皆目見当もつかないけれど、たとえ暗闇に包まれるような時も、今日という日の記憶が心を柔らかく暖めてくれる気がします。来てくださった方、会のために尽力くださった方、その場には居合わせずとも祝福してくださった方、この場を借りて御礼申し上げます、本当にありがとうございました。

 と感極まった口調で喋りながらも、決していつもの調子をないがしろにしていたわけではなく、結婚式前後を眺めてみれば描写欲をそそるような風景がてんこもり、つきましては再び過去に遡りてパトロールする所存につき、今後ともひとつよろしくお願いいたします。

投稿者 shiori : 14:56 | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年09月08日

日記: ドナドナ

 老人ホームの人が祖母を迎えに来た。抱きかかえられて連れ去られる様はドナドナド〜ナド〜ナ、ある晴れた昼下がりのことである。聞くと、直前まで「あたしはここにおる」とねばっていたが、一人でおしっこもうんちもできんでしょ、という母の決め台詞にとうとう観念したとのことだった。まあ可哀想だが仕方ない、あたしたちは忙しいのだ。
 ホテルオークラに母の着物を届け、霊南坂教会に婚礼衣装を置き、赤坂維新號で引出物の袋詰め、渋谷東急で豆を引き取り、青山の二次会会場で再び袋詰め、実家に寄って手持ち荷物をピックアップ、帰宅すると夜の8時だった。ふう。
 結婚式をするにあたってコーディネータの類いを頼まなかったためすべて自分たちの好きにできるけれど、その反面不安も大きい。バスや黒塗り、楽器に花屋、もちろんぬかりないように手配したけれど、本当にぬかりがないかどうかは明日にならないとわからない。少しでも安くあげようとネットで探した格安の業者ばかりで、いまいち信用がないというのは自業自得、信用は金で買うものなんでございますねえ。
 明日は6時起き、大好きな人たちといっぺんに会えるなんて本当にすごいことだと思いながら、11時には床に就く。

投稿者 shiori : 11:52 | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年09月06日

日記: ball and chain

 今日は歯医者に行って歯石を取ってもらった。剥きたてのゆで卵のような歯になった。歯科衛生士の言うには、30を過ぎると皆多かれ少なかれ歯周病を患っていて、その進行を食い止めるには熱心に歯を磨く以外ほうはないそうだ。歯と歯ぐきの隙間に針を刺して4mm以上刺さる場所は危険なんですよ、という説明を聞きながら、されるがままにぶすぶすと針を刺された。嫌になるほど痛かった。三カ所ほどデンジャラスゾーンがあるけれど、まあ問題ないでしょう、とのこと。大ちゃんは歯周病という言葉に恐れおののいたのか、帰宅すると、歯を取り出して洗っているのではないかと思うほど長い時間をかけてブラッシュアップしていた。続けることが大事マンブラザーズ。
 ロフトで結婚指輪を買った。¥7,000だった。日常的に身につけるつもりがないのでそういった廉価品で済ますのだけれど、実のところ指輪をしないわけではなく、結婚指輪はしたくありませんという歪曲した事情なのだけれど、電車で見かける彼や彼女はそもそも何のためにつけているのだろう(少なくとも私の周りでしている人はいない)。
 結婚したのが嬉しくって嬉しくってするならそれはめでたいことだけれど、まあ結婚3年目にしてそんな人がいるとは思えないし、本人同士の約束のしるしならばもっと密やかに奥ゆかしく、何もあんなに目立つところにつけることはないでしょう、足の指だっていいじゃないですか。あるいは「私、結婚しています」と不特定多数に知らせたいということなのかもしれない。でもはっきり言って、そんなこと教えて頂かなくても結構である。あなたが結婚していようがいまいが、心底どっちでも構わないのである。これから一緒に生きていこうと約束するのが結婚なのであって、そういう相手に巡り会えたことは幸運なのだけれど、そんな個人的なことをよく知りもしない人に知らせなくてもいいじゃないですか。
 おそらくだけれど、世の中にはそういうふうに考える人間が少ないのだろう。既婚/未婚の区別は私の想像する以上に社会的に重要なファクターであり、既婚であることによって勝ち得るものがあるということだろう。となれば、結婚しているほうが偉いという話に必ずなるわけで、いきおい結婚できない人などというけったいな言葉が横行するのである。阿呆臭いのである。時折見かける車のシール「赤ちゃんが乗っています」と一緒で、それがどうしたというか、守るべきものがいるなどという大義をふりかざして、人に何かをしてもらおうとする魂胆がどうも好かないのだなあ。だいたいあんなball and chainを指にはめてたらモテなくなると思うのだけれど。

投稿者 shiori : 10:29 | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年09月04日

日記: バーバー回帰

 美容院に通うようになって久しいけれど、その昔は床屋にしか行ったことがなかった。それはおそらく、子供は美容院のようなこましゃくれた場所に出入りしなくてよろしいという親の教育方針のせいで、そういえば一度「私も女の人のいるところに行きたい」と懇願したが即刻却下された記憶がある。とうとう中学にあがるまで美容院には行かせてもらえなかった。ひどい話である。
 歩いて三分もかからないその床屋は、白髪まじりのおじさんが経営する小さな店、常連客とおぼしき男性が待合室で煙草をふかしながら(そんな時代もあったのだ!)うだうだやっていて、知らない世界に足を踏み入れるようでドアを開ける時はいつも緊張していた。
 ちゃりんというドアベルが響かせて店内に入ると、常連客は「小さいお客さんだ」とかなんとか言ったのちに、じゃあまた、と帰っていき、私は店の主人と二人きりになる。ここに座って、と目で合図された椅子には座高をかさ上げするための台が置かれていて、その上にうんしょと腰掛けると、白いエプロンを巻かれる。そして暗黙のうちに散髪が始まる。
 今日はどういたしましょうだのいう相談が何もないのは、初めてこの店を訪れた時に母が「短いおかっぱでお願いします、これからもずっと」と宣言したからで、これもやはり、自分で髪を結えないような子供がこましゃくれた髪型にしなくてよろしいという教育方針に起因しているようだった。子供ほどおかっぱの似合う者はいないと今になれば理解できるし、当時の写真を見ると、おかっぱの私は我ながらかわいい。それでもその頃はおさげだのポニーテールだのいうロングヘアに多大な憧れがあって、この床屋に通っているうちはおかっぱ地獄から抜け出せないと思うと気分も暗くなるのだった。
 それに加えて店の主人は子供に対してとことん愛想のない人で、学校がどうだ友達がどうだと聞くことなく、黙々とはさみを入れていく。店内は日曜の学校のように静かだった。気がつくと、前髪は眉の上でぴっちり揃えられ、横の髪からは耳たぶがちらほら、鏡に映った自分の顔を見てたいそうがっかりするのだった。
 散髪が終わると、今度はゆっくりと椅子が倒される。顔を剃るのである。くちゃくちゃと何やらかき混ぜる音がしたかと思うと、次の瞬間、なまあたたかい刷毛が顔を行ったり来たりしている。くすぐったくていつも笑いそうになるけれど、相手は知らないおじさんなのでぐっと堪える。それでもなんだか楽しくなってくるのは確かで、おかっぱ頭の屈辱は徐々に薄れていく。
 剃刀でシェービングクリームをこそげるようにして、主人は顔の産毛を丁寧に剃っていく。私の胸の上にはゴム製の皿のようなものが置かれていて(目を閉じている都合実物は一度も見た事がない)、彼はひとしきり剃ると剃刀を皿のへりにこすりつけて泡を落としているようだった。その皿の重みというのが実に絶妙で心地よく、軽くもなく重くもなく、今でもその重みをありありと思い出せるほどだ。私の機嫌もだいぶんいい。
 そして最後の仕上げ、蒸しタオルである。これが激烈に気持いい。クリームを綺麗に拭き取ったあと、しばらく顔に乗せておいてくれるのである。昇天しそうな心地なんである。はああ、と子供らしからぬ溜息をもらして今や私はすっかりご機嫌、ありがとうございましたと礼を述べて店をあとにする。帰り道、顔を触ってみると心もとないような清々しいような、薄皮のはがれた枝豆になった気分で、家に帰ってからも繰り返し触っては「ああ、今日は床屋に行ったなあ」とささやかな感慨に耽るのだった。
 今日、20年ぶりに床屋で顔を剃ってもらいながら、そんなことを思い出した。溜息の出るような蒸しタオル。どうせ当時とさして変わらぬ芸のない髪型をしているのだから、床屋に鞍替えしようかしらん。

投稿者 shiori : 18:30 | コメント (0) | トラックバック (0)