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2005年09月29日

日記: 9/29

昨日はいたのに今日はいなくて残念!
だったのはスタジオを小刻みに走り回るパグ(黒♀)のことで、隣の部屋でTM NETWORKのヒットソングをカバーしているアカペラグループの関係者に飼われている、というのが彼女の素性なのだが、それにしても小室さんの作る曲はどうしてああも狭いところを行ったり来たりするんでしょ?4音ほどで事足りてしまうのでボーカルにとっては省エネです、しかしなんでまた今この時この瞬間にあの曲をカバーするのか、それは私の知らぬこと、パグでさえ知らぬこと。
今までパグの可愛らしさをうまく理解できずにいたが、実物をいじくってみるとガッテンです!尻尾を引っ張っても頭の上にペットボトルを落としても怒ることなく構ってもらえる喜びに溢れがふんがふん鼻を鳴らす、そういうプライドを捨てた生き物はもはや「犬」とは呼べない気もするのだが、可愛いから許してしまおう。話によると品種改良を重ね過ぎて自分で子供を産めない体になってしまったとか。テイオーセッカイってやつです、馬鹿げてるぜパグ公!
最近母が電話口などで「うちのわんこ」と言ってるのを聞くが、それはもちろん祖母を指していていい得てミョ〜、そうなんです奥さん、うちのわんこはなんと本が読めるのです。先日帰宅すると、祖母がリビングのソファーに座り眼鏡をかけて本(歴史読本 歴代天皇図鑑)を読んでいて、それだけでもおかしいのによく見ると、かけ方を忘れたのか眼鏡が中途半端な位置で止まっていて、本当に犬が眼鏡をかけているおかしみに溢れていて涙がでるくらい笑ってしまった。かわいいぜうちのわんこ!
参考音源で改めて聴き直したBABYFACE『UNPLUGGED』収録の『END OF THE ROAD』がものすごく格好よくて、上質ポップスには狂気が潜んでいることを再確認した。聞き惚れるようなコードワークで、俺たちもああいう風にしようぜと息巻いたが、無理だと思い知っただけで何も進まない日だった。
帰って缶ビール一本。おしっこタイムで夜中に起きるのが嫌なので、一本きり。

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2005年09月24日

日記: 9/24

季節の移り方というのは実にさりげなく狡猾な感じもするほどで、あたりを見回すと夏の影もなく、こういう感じでものを作ったり進めたりできれば世界は僕らの手の中、ふと気がつけば私はシゲルの子をみごもっていたのです、という具合にね。自然には学ぶべきことがたくさんある。
今日は秋雨がしとしとと降ったり止んだり。
午前中はミックとNHKの受信料問題が発端でレベルの低い喧嘩をする。「あんたは本当に意地が悪い」とミックが呟いていた。私をよく知る人間には一度は必ず言われるセリフなのでおそらく正しいのだろう、本人の思惑にかかわらず。1時間ほどで一応収束する。
私はその場である程度の解決や合意を得たいたちなのだが、経験からいって男性はそうでもない人が多い気がする。単に面倒くさいのか、こちらにはわからない腹心があるのか、あるいは私のやり方がうっとうしいのか、とにかくおちんちんのついている人たちは話し合いが長引き出すとおしなべて「ぐへっ」という顔をする。まあ無視するだけなんだけど。
それでも世の中には誠意ある「ぐへっ」と誠意のない「ぐへっ」があり、その見極めが肝要なのだと思う。後者の「ぐへっ」は耳の聞こえていない証拠なのでいくら叫んでも無駄というもので、そういうのは腹立たしいというよりは悲しいという。逆に言えば、誠意さえあればなんとかなるのだ。

旬のものを頂きに自由が丘へ。
いけすのある店で季節の魚を中心に美味しいものを食べさせてくれる。少々値は張るが時々行きたくなる。
今日はもどり鰹の叩き、秋刀魚の塩焼き、松茸の土瓶蒸しなど。秋刀魚は脂が乗っていて特に美味、わたのところも焼酎によく合う。その時節に旬のものを食べるのは生きている実感があって気分がよい。
青山ブックセンターが復活したのでご機嫌伺いに行ったら、洋書フェアを開催中で『The complete adventures of Curious George』という分厚いハードカバーの絵本が\2,800で売られていた。カバーが汚れていたので新しいものはないかと問うと「これしかないので\1,000でどうですか?」と言われ、飛びつかんばかりにして購入した。
\1,000!おさるのジョージもかわいい!
花村萬月『浄夜』、カポーティ『冷血』、ガルシア・マルケス『百年の孤独』
我ながらごつすぎるチョイスなので『ELLE JAPON』も合わせて。

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2005年09月23日

日記: 9/23

平安時代の絵巻物なんかに登場する髪入れの箱の正式名称は知らないけれど、貴族女性が就寝時に枕元に置きその長過ぎる髪をくるくると丸めて収容する箱のことです、それを初めて見た時になんと大仰なと可笑しかったのだが、あれは正しいのだった。
私の髪は現在伸びに伸びていて「わき毛だじょ〜」なんて余裕なくらい長いのだが、普通に寝てしまうと洗髪したはなから汗まみれになるだけでなく、首に巻き付いて苦しかったり体で踏んで痛かったり、おちおち寝てもいられない。そこで私はポニーテールにして枕元に垂らして寝ていたが、い草のかすなんかがついたりして不潔だし、祖母に踏まれたこともあるし、ああ、あの箱は考えたなあ。
ところがよく考えると、髪を伸ばしたいわけでもなく、長髪が似合うわけでもなく
と、ここで思い出すのも失礼きわまりない話なのだが、フリーダム男性諸君はどうしてこぞって長髪だったのか(在学中に限る)という問題は今も昔も私の興味をそそってやまない。
当時「○○さんはどうして長髪なんですか?」と聞くと「金がなくて床屋に行けない」という答が必ず返ってきて「自由の象徴じゃけん」とか「メタリカの真似(ピース)」とか「短髪でロックちゅうてかっこつかんぜよ」とか、今にして思えばそういう答をしないところがフリーダム然としているわけだが、その時私は長髪男子と短髪男子のカルチャーの違いに興味を持っていて、煙草を吸うか、とか、傘は持ち歩くか、とか、一人暮らしか、とかいう質問をキャンパスを歩く男子に聞いて回り、心理学のレポートまで作成した記憶があるのだが、それにしてもあなたの髪は長かったですね。
と微笑んだところで話を戻すとして、今日私は久々に美容院に行ったのです。
懇意にしている美容師さんが独立して出店したのでシャンパンを持って初来店。ミックも一緒だったのだが、横で聞いていたら「今日はどうします?」と聞かれて「柳沢(日本代表)みたいにしてください」と答えていておかしかった。入知恵したのは私だけれど、本当に言うと思わなかった。
ジェローム・レ・バンナを応援しながら、ビールと黒豚しゅうまいと鰻と枝豆とトマトとイタリア赤ワインとグリッシーニ生ハム巻きとチーズを食べてお腹いっぱい。

ところでこういう写真を見つけて

http://abcdane.net/blog/archives/200507/nakata_bailing.html

一部では「ヒデ姐さん」と呼ばれているそうで
やっぱり中田選手のことは好きなんです

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2005年09月22日

日記: 9/22

現在のマンションに住み始めて8年目になるけれど、隣人のことをよく知らない。それが当世の在り方なのかどうだか、とにかく両隣りとはほとんど没交渉だ。それでも毎日壁一枚隔てて暮らしているわけだから時には顔を合わせることもあるし、日常の物音や匂いによって生活環境もある程度推測できる。我が家と同じ間取りの家に住まうのだから経済状況も把握できる。そう考えてみると、取り立てて知りたいわけじゃないのに隣人に関する情報は意外に豊富である。

例えば隣人A。
息子二人の4人家族。長男は近所に独り住まいをしているが、夕食は実家に食べに来ることが多い。帰りがけに近所の自販機で缶コーヒーを買って立ったまま一服するのが習慣。次男は引きこもりという話だが真相は不明。いつも夕方になると、エレキギターをかき鳴らす。Emを得意とする。父親はゴルフ好きのようで、私がべろべろに酔って朝帰りをする時間にバッグを担いで出かけて行く。母親と次男には一度も会ったことがない。
例えば隣人B。
娘二人母一人、数年前に長女が嫁いで母娘二人になる。父親は早くにガンで亡くなった(と電話で話すのが聞こえた)。3人ともそれは見事に太っていて、あの体を維持するには仕方ないのだろう、夜11時からカルビを焼き始めるのが常だ。また別の日にはオリジン弁当であらゆる揚げ物を買い込み、またある日にはマクドナルドを買って帰る(エレベーター乗り合わせ情報)。しかし太っているわりには身軽なのが特徴で、一度次女が鍵を忘れたといって訪ねて来て我が家のベランダを軽々と乗り越えて行くのを目の当たりにした。母親は肥えたハウスマヌカンのような佇まいで、夕方6時になると厚化粧のままどこへやら出動していく。行き先は不明。

という彼らだが、共通して言えるのはとても良き隣人ということだ。今までに不快な出来事は一度も起こっていない。これは非常に幸運だと思う。
私はこれまで数々のアパートに住んできたけれど、実に様々なお隣さんがいた。
・幼児虐待遂行中の家(狂ったような泣き声で落ち込む)
・毎日漢方薬を煎じる家(鼻がまがった)
・週刊誌に追われる家(記者が頻繁に聞き込みに)
・夜になると今井美樹の『PRIDE』を十回絶唱する男(寒い)
・激しい男女(・・・)
などを思い出すと今はなんて穏やかな日々なんだろうと思う。

もし壁がシースルーだったら、と時々想像するのだが、たった1m向こうで繰り広げられる世界について私たちは本当に無知なのだ。私が酒を飲んでいるすぐそばで、母は子供を殴り、裸の男女がまぐわい、老人は漢方を煎じる。かくも近き隣人はかくも遠き人々。
私が知覚できる情報など世界の広さの前では塵のようなものだと思うと、思わず身震いしてしまうのだ。
と書いていてはっとしたのだけれど、谷川俊太郎の『二十億光年の孤独』という詩の中に
「二十億光年の孤独に/僕は思わずくしゃみをした」
という一節があって長らくそんなものかなと思っていたけれど、こういうことなんだ!

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2005年09月20日

日記: 9/20

・鉄板焼屋で思い出話
・成城石井をはしご
・寿司屋で松茸土瓶蒸し
・ジムへ行ったらお休み
・『愛の嵐』再見→感動

というのがここ最近の当たり障りのない日常ですが、では当たり障りのある方の日常はといえば

・関節リュウマチ?(自己診断)
・アイディアが枯渇→delete keyを押したい症候群
・どうしても酒を飲んでしまう/がんばれない自分
・うっとうしいあいつドンチュウノー
・うんこもらすな、ぼけ

シオリです・・・

          シオリです・・・

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2005年09月15日

日記: 9/15

「大倉山にスターバックスがオープンします!」という知らせを元大倉山住人の友人に伝えると「ようやく近代化ですね」と返答されたのだが、スターバックスが近代化の象徴なのか?という根本的な疑問は胸に秘めるとして、あの古ぼけた写真屋さんのあった場所に美容室や焼鳥屋が開店するよりはずいぶんよかった、というのは大倉山には現在少なめに見積もっても30軒の美容室と10軒の焼鳥屋があり、潰れた店は必ずそのいずれかに生まれ変わるという想像力の枯渇した状況が長らく続いていたわけで、スターバックスですよあなたほらあのマーク、と町民たちが少々はしゃいでしまうのも無理のない話、オープンしたてのコーヒー屋にはずらりと人が行列していて「どこで飲んでも味は一緒ですよ」とささやいて回るほど暇ではないので一瞥して通りすぎた私は、本屋へ向かい『VOGUE NIPPON』と『季節の記憶』と『東京奇譚集』を購入して思うに、村上春樹の本を買うのにつきまとうこの恥じらいは何なのでしょうか、ベストセラーに迎合した感から生ずるうんぬんと分析したところで発売日に読了という彼への愛情は色褪せることなく年ふること17年、ますます冴えて洗練されたこの本を2ヶ月で書き上げたとは信じられんとです、博多の辛子明太子の乗った白米を一膳ばかりと叙々園サラダとはんぺんのバター醤油焼きと鶏の唐揚げとなすの肉味噌はさみ煮という支離滅裂な夕餉を用意したのは私で、肺癌で亡くなった牧師さん(69)の告別式に参列して疲れていた母にカベルネソービニオンを差し出すと美味しそうに2杯ほど、スティーブ・マックィーンはアスベストが死因だったと聞きながら酩酊(レベル3)、やはり句点より読点の方が好みではあるもののここまで排除するには理由があったとしても、そんなもの酔狂に決まってるじゃないですか。

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2005年09月11日

日記: 9/11

来客があったので刺身をどっさり買い込んで、しまあじやらうにやらをビールと焼酎で美味しく頂いたのだが、それはそれは美味しいブルーチーズがあるのだと唐突に母が言い出して、ならば赤ワインの栓を抜きましょうよとっておきのものがあるのだと提案したが、鮮魚と赤はとことん合わないので一段落したあとに飲むとしよう、それはちょうどいい少し冷やす時間も欲しいので、と私は戸棚から8000円のボルドーを取り出し冷凍庫にしばし安置、話は選挙関連に移り、岡田さんはイオングループの御曹子なのよご存じなくて?、宗男には僕、2回ほど怒鳴られたことがあるんです、藤野真紀子さんのお菓子はなかなか美味しいのです、しかしいけすかない旦那でね、自民党に票を投じたことはただの一度もありません、とかなんとか言い合ううちに夜も更け会はお開きに、してはいけなかったと気づいたのは翌日の昼のことで、私の愛するボルドーはかちんこちんだったのです。

解凍してシェイクしておそるおそる口をつけたのはその日の晩のことで、本来の味を知らないのが強みです、それなりに美味しく凍ってもボルドー?くだんのブルーチーズも相当にいけてすっかり機嫌も直ってしまったのだが、自民党圧勝で憲法改正でもされたら大変なのだが、私の周囲で自民党に票を入れる人は祖母だけで、最後の選挙じゃけん共産党にでも入れてみようかしらん、でも歩けないので投票所にたどり着けず、どこかのコメンテーターが小泉さんはセクシーですから、といいやがったので国の将来を憂いながら最近ご執心の保坂和志の本を読んで虫の音がりんりん、で思い出したのはりんりんパーク(cf.244)、りんりんりんりん乗ってから降りるまで鳴っとるけん人がぎょうさん見よるんよ、みなりんりんパークを知ってはおるけどもう一回見たいんじゃろぞい、だから乗るのはちいと恥ずかしいけんど乗ってみると意外に得意な気持ちになるもんよ、と話はさらなる展開を見せており、私はおばあちゃんが好き。

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2005年09月08日

日記: 9/8

数日前にひどくがっかりすることがあった。
うまくいくと頭から信じていただけに、話を聞いたときはにわかには信じがたいものがあった。何がどうというわけではなく落ち度は自分にしかないタイプの事柄だったので、逃げも隠れもできず、久々に自分を無価値だと感じた。
ご存じのように、私は根拠も実績もないがなぜか自信たっぷりの強気な人間で、しかし日常にはその唯我独尊性を脅かす事柄がかくも多く潜んでいるわけで、今回のように「ま、まじ?」と青ざめることも少なくない。しかしこの手の人間は立ち直りが早いのも特徴で、案外すぐに「ま、次だな次」と言い出すのだが、世の中上手く出来たもので命に関わること以外は次がある。という発言自体がそもそも自信たっぷりだ、などと言い出すと、自分の尻尾を追いかけて回り続ける犬のようで、なんとも。
とにかく、あきらめないことといじけないことが肝要か思われます。

「ご存じのように」
などと語りかけてしまって思うに、まるで特定の人を意識しているかのように響くが、実際にはそんなことはなく、これまでだってそんなことはしたことはない。ではなぜ「ご存じのように」などとあなたに気安く話しかけてしまったか、すみません、単なる照れ隠し、あるいは婉曲表現になりますでしょうか。
しかし考えてみれば、モニターの向こうでこれを読む人をある程度特定することは可能で、例えば多摩丘陵のAさんとか9Fにお住まいのBさんとか別居中のCさんとか、しかし彼や彼女が私の文章をどんなふうに読んでいるかはまったくもってわからないことだ。
昼休みにサンドイッチを頬張りながら慌ただしく、かもしれないし、ビール片手に新しい恋人からの電話を待ちながら、かもしれない。それはあなた本人にしかわからない。
そういう意味で、文章を書く行為とは茫洋とした宇宙に向けて何やらおらぶようなもので、読む人を特定できたところで私の対峙する宇宙の広さは変わらないのだ。
しかし私がそのようにして書いたものを読んでいるのは、モニターを見つめたあなたであり、あなたは私の文章について何かしらことを感じるだろうし(あるいは感じないだろうし)、私という人間について思考を巡らすことがあるかもしれない。この密やかな個と個のつながり、というのが文章のおもしろさなのだと思う。読み手のない、箱にしまわれたままの文章は電池切れの時計のようなものなのだ。
ここに書き始めた当初はフリーダムの掲示板ということもあり、誰が読んでいて誰が読んでいないのか、あの人は何を思っただろうか、ということが気になっていたが、結局のところそういうのは貧乏臭い話で、書きたいのなら書けばよいだけで、また読みたいと感じる人が読んでくれればよいだけで、本当はとてもシンプルで自由な事柄なのだ。
(ミクシの足跡機能にはその基本路線に逆行するむきがあり不自由だと思う)
と、現在はこのような心境で筆をとっているわけだが、とにもかくにも、長い間読んでくださって本当に嬉しく思っています、ありがとう。

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2005年09月06日

日記: 9/6

最近めずらしくビデオ予約録画までして欠かさずに見ている連続ドラマ
『がんばっていきまっしょい』
なぜ高校女子ボート部の青春学園ドラマを熱心に観るのかといえば、舞台が松山だからです。
母は生まれも育ちも松山、私は幼少期および夏期限定で松山、祖母にいたっては今も松山に住んでいると信じている(※)、という松山びいきなので、松山の市街地や路面電車や海が映るだけですさまじく盛り上がる。なんでも母の出身校がモデルになっているそうで「制服が同じ!」と感涙にむせいでいた。先日行われた高校の同窓会でもその話で持ちきりだったそうだ。
だからテレビを観ていても、ここは○○を××側から見た景色だ、とか、今の角には昔かき氷屋があって、とか何とか外野がうるさい。ボートを漕ぐシーンの多くは大三島(おおみしま)という瀬戸内の島で撮影されていて、なかなか綺麗な景色だ。青春度がぐんとアップである。
また伊予弁のチェックも怠りない。俳優には方言の上手い人と下手な人がいて、どうもそれは演技力とは別の才能なんじゃないかと思うけれど、今回の俳優は揃って下手くそである。友近(お笑いの)も出ていて、彼女は上手いなと思っていたら愛媛出身ということだった。当たり前だった。
私も日々祖母の気合いの入った伊予弁を聞いているので、そこそこは話せる。関西弁の素養(?)があれば少しアレンジを加えればそれらしく聞こえるのだが、シロウトは「〜けん」という伊予弁の特徴にとらわれ過ぎていけない。母音をはっきり発音しすぎる、などとダメ出しをすれば限りがないのだが、まあそれも楽しみのひとつというわけだ。
そんなこんなでドラマの筋についてはあまり重要視していないのだが、それなりにおもしろく見ている。やはりクライマックスはボートの試合で気合いを入れるシーンだ。
「がんばって〜いきまっしょい!」(代表)
「しょい!!」(一同)
巣立ちの言葉形式なので、自然と拍手したくなる。締まりがよくてちょっと口にしたくなる、ゴキゲンなかけ声である。実際にも「ここぞ」という時に使うかけ声で、この使い方は極めて正しいとのことだった。
いよいよ来週で最終回、暇な方はかけ声チェックを。


祖母は今年の春に脳出血で2ヶ月入院していたが、どこかで記憶のすり替えがあったようで、現在は松山のヒライという場所に住んでいると信じるようになった。それ以外のことは以前よりもはっきりしているくらいなのに、謎である。
ヒライから祖母の家のあるイシイは歩いて2時間ほどの距離。何かの都合で今はここ(ヒライ)にいるが、イシイの家を散らかしたまま来ているので片付けに帰らなければいけない、と力説する。
「クワやらムシロやら、出しさがしとるけん、はよ戻らないかん」
「へ〜、でもここは横浜だよ、カナガワだよ、トウキョウだよ」
祖母は豆鉄砲を食わされた鳩のような顔をして驚愕の声をあげるが、5秒後にはものすごい変化球を投げ返す。
「ああ、町名が変わってしもたんじゃのう」
「・・・。と、とにかくさ、イシイの家にはここから歩いてなんか帰れないんだからさ」
「いいえ、昨日帰ったがな、確かに帰りました」
とマジで言い張る。おそらく家の夢を見るのだろう、その証拠に縁側に散らかしているものが饅頭になったり、蒸しパンになったり、剪定バサミだったり、日替わりである。最近ではいちいち正すのも面倒くさいので調子を合わせている。
「でもさ、おばあちゃん、食堂に来るのにも足がふらついているのに、どうやって家まで帰れたの?」
「あんた、知らんのかな?」
祖母は逆に驚いて言った。
「りんりんパークが走っとろがな、前の道をまあっすぐ」
「・・・」
「木馬の首に鈴がついとって、それが走るとりんりんいうんよ、帽子かぶった騎手さんがおっての、足の弱い年寄りやなんかを家まで送ってくれるんよ」
「りんりんパークねえ・・・」
「そ。りんりんパーク。この近くの停車場はどこじゃったかの?」

もうすぐしぬひとはこういうふうになります
がんばっていきまっしょい!・・・しょい!!

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