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2007年04月30日

日記: 柿の木

 いい陽気である。こんな日は一年で何日もない。窓の外では柿の木の葉がさわさわと気持良さそうに揺れている。つい最近まで節くれ立った枝が剥き出しになって寒々としていたのに、4月にはいってぽしょぽしょした新芽が出て来てあっという間に若葉になった。人間でもそうだけれど、子供の成長の早さにはいつも驚かされる。秋には実がなり葉もサイケデリックに変色して、そして師走を待たずにはらはらと散っていく。
 祖母は園芸が生き甲斐のような人で、庭に100本以上の木を植えて何十年も慈しんで育ててきた。もちろん柿の木もあって、甘くて大きな実をたくさんつけていた。一度実を取ろうとよじ上ったら枝がぶつりと折れて木から落ちたことがある。柿の木の枝は弱いのじゃけんのぼったりしていくかや、とまだ元気だった祖母に怒られた。
 それにしてもあれは美しい庭だった。だからそれを捨てて我が家に来るのは断腸の思いだったと思う。庭はどうなっとるじゃろうか、と遠い目をしてよく言っていた。今でも、玄関脇の桜が満開だろうね、とか、サルスベリは葉をつけたかしら、と声をかけると懐かしそうに笑う。でももうあんなふうに夢とうつつが錯綜する感じで生きていれば幽体離脱できる、というか自分の思う場所に自由に行けるのだろうから祖母はあの庭によく帰っているに違いない。水をやったり接ぎ木をしたり、忙しく働いているに違いない。
 あと一ヶ月もすれば彼女は92歳になる。盛大に誕生会をしようね、と言うと「ありがとう」と嬉しそうに礼を言った。そんな言葉を聞いたのは今年に入って初めてだった。祖母のことになるとどうも涙腺が弱くていけない。

投稿者 shiori : 12:02

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