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2006年08月25日

日記: 太っ腹

 披露宴は中華料理のつもりだった。私はフレンチをこよなく愛しているけれど、あれを満足のいく具合に食べるためには腕のいいシェフと気の利いたギャルソンはもちろんのこと、白磁の皿に飲み口の薄いグラス、きりっと引き締まったブルゴーニュに深く香るボルドーはマストでしょう、なんてやってたらこちらの財力ではまかなえないのは一目瞭然、それに戦前生まれの親族にナイフとフォークを強いるのも気の毒で、ならばやはり中華でしょうと考えた。
 ヌーベルシノワなどではない。ザ・支那料理である。焼豚、焼きそば、肉まんである。と思いついたのが赤坂維新號という店だった。数年前に北京ダックを食べに行ったのだが、外装といい内装といい若い娘に媚びるふうもなく、客層も背広を着たおっちゃんあるいは家族連れ(日比谷店は同伴多し)、味に専念している姿勢に好感を持った。もちろん味も最高だった。
 もうあたしたちも年だし白亜のこぎれいなレストランよりはこういう店のほうが落ち着きませんかという話になったのだけれど、店側と打ち合わせを重ねるたびに、私はなんて賢い選択をしたのだとほくそ笑むことになったのだった。
 披露宴に行うにあたりどんな種類の金がどの程度かかるのか、事前に知る必要があるのでゼクシをめくってみて、私は驚きました。代官山のお洒落レストランなんか二度と行くものか。会場使用料って何だ、引出物持込料って何だ、プロデュース料って何だ、なんだなんだにゃんだ、にゃあっ!
 と憤る私に維新號の支配人はこう言ったのだった、「うちは一切かからないね、飲食代だけ、あとはサービスです、花置くよ、綺麗なの、名札も書く、字上手い人有名ね、メヌウもほらこれ見て、フカヒレ入れる、うちフカヒレ有名、大きくて皆わあっていう、北京ダクも入れるあわびも鯛も入れる、ほんとは無理、でも結婚式サービスします、食べて美味しかったらお客さんまた来るね、うちも宣伝になる、うち普通のレストラン、ホテルみたいなことはできないけどわたし、一生懸命やるね、じぇん〜ぶ任せてだいじょぶ」
 彼にじぇ〜んぶ任せたのは言うまでもない。それだけではない、店に行けば必ず「お腹空いてるでしょ、遠慮しない、うちの焼きそば最高、五目焼きそばここにお願い」とこちらの返事を待たずに運ばせるし(デザートお茶付き!)、帰り際にはこれまた必ず月餅やら肉まんやらの土産を持たせてくれるし、なんというか、太っ腹の権化のようなのである。
 とはいえ彼だって気まぐれに太っ腹を披露しているわけではなく、例えば「うちの月餅美味しい、引き出物にぴったりね」だのいうセールストークは忘れないのであって、彼はまさに商売人なのだけれど、それでも私たちはいつでも満足して店を後にし、また食べに来ようと思うのだ。
 彼はこの太っ腹商法が長い目で見れば大きな儲けにつながることを確信しているし、それを待てる忍耐も、それを実践できる豪胆さも持っている。日本の商売人にはそれがない。持込料などと言って、今すぐ小さく儲けることでぬか喜ぶような矮小さでは世界征服は無理だと思った。

投稿者 shiori : 17:37

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