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2006年07月11日

日記: ダイクマ的三文芝居

 先日の救急外来での出来事なのだけれど、祖母に付き添って入院準備を待っていた時のこと、実に興味深い男女に遭遇した。祖母の寝台は病室手前だったので奥の様子は見えなかったが、人の気配もなかったので、私はてっきり自分たちだけだと思い込み(←よく犯す過ち)、大きな声で祖母に話しかけていた。
「だいたい、おばあちゃんが七夕の夜に、はよ死にますように、なんてお願いするからこういうことになるんよ」
「ふぉふぉふぉ、あ〜うあわあわあ〜」
「なに?死にたい?美味しいもんが食べたい?」
「あわ〜おおおあう〜」
「ははは、意味わかんない」
なんてやっていたら、突然奥から「げぼごぼごぼ」と差し迫った音が聞こえてくる。驚いて「大丈夫ですかっ」と駆け寄ると、そこには寝たまま吐いている女と背中をさする赤シャツの男がいたのだった。いるならいるといえ。ばつが悪くなって、すぐに退散した。その女が騒ぎ出したのはそれからすぐあとのことである。

 まず彼女はうめいた。
「あんたの重荷だけにはなりたくないんだよおお〜」
 私はぎょっとして耳をそばだてた。赤シャツは無言である。不気味なほど言葉を発しない。そのわきで女は「ごめんね、あたしを許して、ごめんね」とすすり泣いたと思えば、「うぐお〜、殺して、あたしを殺して」と叫び、ぐるしいぐるしいおえええ、と吐いたりする。もうどんちゃん騒ぎなんである。
 さすがの祖母も驚いたのか、目を白黒させて起き上がろうとするので、私はそれを制する。おばあちゃん、寝てなきゃ駄目だよ。
「あっじゃにゅい〜だえがおうのぞあ〜」(訳:あっちに誰がおるのぞや)
「他の患者さんだよ、苦しそうだね、でも大丈夫だから」
と小声で祖母を説得、彼女は腑に落ちぬ顔で再び横になる。
 その間も、女はわめき続ける。
「もうあたしのことは放っておいてえ、あんたはあんたの好きな人と一緒になんなよ、あたし、しあわせ〜だったわああ、これからはあたし、ひとりでいきるうう」
 このあたりで、おおよその見当がついてきた。あんなに苦しそうなのに看護婦はなんだか冷たいし、赤シャツは「大丈夫?」のひとつも言わないし、なるほど、あの女は愛情のもつれから睡眠薬自殺をはかり胃洗浄をかけられたのだ、と私は踏んだ。しかし騒ぎはなかなか収まらなかった。
「あんたも、しあわせ、あんたもあたしといてしあわせだったでしょ、楽しかったよねえ、ああ、死にたいのおお、あたしを殺してええ」
「愛してるっていってええ」
 最初のうちはおもしろがって聞いていたのだが、あまりにもしつこいのでだんだん腹が立ってきた。自分は自殺をはかるほどつらいのだから、何を言ってもどう振る舞ってもよいと勘違いしているのだ。彼女を祖母の枕元に呼び寄せて、こうやって90年もの年月を生き抜くことがどれだけ格好のよいことか説教してやりたい感じであった。さきほどちらと見た限りでは女も赤シャツもずいぶん若く、年の頃二十歳過ぎ、自分の鬱屈や甘えを恥じる日がやがては訪れるのだけれど。
 
 ちなみに彼らは「ダイクマ」である。これはダイクマに行けば彼らと似たような風貌の人間に出会える、という意味なのだが、それはもうここぞとばかりにダイクマで、同じ安売り店でもドンキホーテほど派手ではなく、イオンほど清潔でもない。地味で湿っていて、ちょっとだけ格好つけている。
 そんな赤シャツを再び見かけたのは6時間後の夕方、彼はすすり泣く女の肩を抱いて待合室に座っていた。特記すべきは自殺未遂をはかった女とは別の女であるという点だ。ということは、はっは〜ん、これはもう明らかに三角関係、あたしのせいで○○が死んじゃうかも、え〜んえ〜ん、大丈夫、俺がお前を守るから、とかなんとかいう話で、さすがダイナミックダイクマ〜♪、三文芝居絶賛上演中なのだった。
 それにしても一緒に歩いていた母が「さっき、あんたの言ってたのってあの赤シャツでしょ」と一発で当てたのには驚いたな。50人はいたのだけれど。だってダイクマって言ったじゃない、とのこと。

投稿者 shiori : 10:48

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