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2006年05月08日

日記: various jobs 1 キャッチセールス

 今から8年ほど前のことになるけれど、エステで働いていたことがある。といっても客の顔やら身体やらに香油を塗って揉んだりどしたりしていたわけではなく、そこらを通りかかる人にマッサージの無料体験に勧める、いわゆるキャッチセールスの仕事をしていたのだった。体験後のことについては私たちは多くを知らされていなかったけれど、噂によればひどく強引に勧誘されて判を押すまで帰してもらえない、との話だった。しかし、さすがにいけない仕事だけあってめっぽう高い給料をもらえたし、不特定多数の女性と話をするのはなかなか貴重な体験で、都合2年は働いたと思う。
 むろんキャッチとはいえ、渋谷の日焼けしたお兄さんのように、公道を歩行する人に声をかけるわけではない。サロンが経営する雑貨屋に訪れる客をキャッチするのである。あら、可愛いお店、ちょいと覗こうかしら、と足を踏み入れ、アロマオイルや石鹸を物色していると、エプロンをした店員(つまり私たち)がやおら近付いてきて言うのだ、「実は系列のサロンでこちらのアロマオイルを使ったマッサージを行っているのですがただいま無料体験中、お時間ありましたらいかがですか?」
 すると、信じられないようだが、「行きます!」と答える女性は日に20人以上、私も何度案内したかしれない。何の自慢にもならないが、らしからぬ感じが功を奏して営業成績は優秀だったのだ。もちろんこちらは嘘をついているわけではない。しかし、彼女たちのその後を思うと実に後味が悪かった。あのまま続けていたら、誰かに刺されていたかもしれないと思うこともある。冗談ではなく、そういう匂いのする仕事だったのだ。
 しかしキャッチが本職とはいえ、仮にも雑貨屋を営んでいれば客は来るし、物も売れる。これが大変に困った。何しろカモフラージュの店なのだから新人研修などという親切なものはなく、いきおい商品知識もなければレジの打ち方もわからない。そんな状態で店番を任された、と想像してほしい。
 今思い出しても冷や汗が出るのだが、ある時「これから一週間、勧誘しなくていいから店番を頼む」と店の鍵を渡されたことがある。なんでも「もっとも万引きしなさそう」という理由で私が指名されたということだった(同僚には手癖の悪い人が多く、店の物を頻繁に持ち出していた。雇い主と雇われ主の品性は比例するのだ)。
 案に違わず、その一周間は地獄だった。折しも店鋪のあるファッションビルが全館20%off期間とかで客足は途絶えず、割引対象品と対象外品をどうレジ打ちすれば正しいレシートが出てくるのか悩んでいると、アロマポットを5個抱えた客がこれを一つずつプレゼント用に包め、などと言ってくる。ラッピングである。したことないのである。ぎゃあ。と気が動転しているところに子供が皿を落として割ったり、このお香は何分燃えるのかとしつこく聞く人が現れたり、気付けばレジには仏頂面の客が10人ほど列をなしている始末、どれほど逃げ出そうと思ったかしれない。あれは辛かった。
 それでもいつものような後ろめたさがないのは気分がよく、やはりこうでなければなあと感じ入ったのを覚えている。キャッチセールスは私が関わった中でもっともヘビーな仕事であった。

このテーマ、次回に続く。

投稿者 shiori : 18:54

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