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2005年10月21日

日記: 10/21

何の脈絡もなく今朝不意にKくんのことを思い出した。実は私にはそういうことがよくあり、自分は頭の片隅に鳥を飼っているんだなと思うことにしている。目の前の作業や会話に集中している間もその鳥はぱたぱたとはばたいて私の来し方行く末4次元世界をいとも軽やかに飛び回り、時折下降しては「なんでまた」というようなものをついばんで運んでいる。それが今朝はKくんだったわけだ。
彼は哲学科のクラスメイトで、多くの同じ授業を受講していた私たちは一緒に移動してお昼を食べてだらだら話してそのまま飲みに行ったりする仲だった。哲学科という魑魅魍魎の集いにあって私たちは奇跡的に気が合いお互いを必要としていた、などというと男女の仲のように聞こえるけれどそんなことはまったくなく(実際お互い恋人がいた)「あの人の髪型やばくない?」とか「この論理式は・・・」とか「コーネリアスはいいよね」とか、実に他愛ないものでキャンパスライフを鮮やかに彩る良き友だったのだが、ある日のこと。
いつものように三田のととやだか通りゃんせだかで飲んでいた私たちはその日どんな会話をしたのか今となっては覚えていないのだけれど、確かそれは金曜の夜、大きな発表を終えた後で打ち上がっていたのだ。三田ではしごをしてかなり酔ったまま東海道線で横浜まで行き(彼の家は根岸線沿線だった)二人とも乗り換えるために下車したところ、私はいつもの悪い癖でもうちょっと飲みたくなってしまって、しかもKくんも誘えば乗ってくれそうな気軽さがあったので
「いく?」
と誘ったのだ。するとKくんは
「いやそうしたいのはやまやまなんだけど、俺はやっぱりどうあがいても羊なんだな、羊の皮をかぶった狼にはなれないんだよなあ、岩見さんごめん」
と申し訳なさそうに言った。「は?」と思ったのは0.5秒くらいのことですぐに何がどうなってしまって今こうやってKくんに謝られているのか悟ったのだが、私は「いやいや、そうじゃなくて」とはどうしても言い出せず、というのはKくんに恥をかかす格好になるのが目に見えていたし、まあそういうビッチキャラもなかなか悪くないなどと悠長なことを考えていたからで
「そっか」
と私はにっこり笑ってじゃあまた来週、とさわやかに手を振ってKくんと別れたのだった。
この出来事から推測するにその日の私はKくんを勘違いさせるような物質を放出していたのだろう、しかし少なくとも私はKくんと寝たいと思ったことは一度もないし、かどわかしてやりたいなどという小悪魔的着想もなかったはずなのに、と思わないでもないがあとの祭りである。
思い返してみるとそれ以降気まずかった記憶もなく引き続きKくんとつるんでいたのでその件は「ご酔狂」ということでお互い不問に付したのだと思う。卒業後も飲みに行ったりしていたのだが、ここ5,6年は会っていないし、なんとなくだけれど今後も会うことはないような気がする。でもKくんはきっと私のことをしっかり覚えていて、駅のホームでラブホテルに誘われたことも忘れていないだろう。今朝の私のように不意に思い出して、あの時うっかり寝なくて本当に良かった、と苦笑することもあるかもしれない。
多かれ少なかれものの認識とは誤解の総体と言えるわけで、すべてを正して回るわけにもいかないし(果たして正しい認識なんて存在しうるのか?都合のいい認識ではなくて?)必ず正されるべき誤解というのは実はさほど多くないことに気付く。往々にして「いや、違うんですよ、私の言っているのは」と人さし指を立てて訂正するのは当人の精神衛生の問題だから訂正された側にしてみれば「さっきと何が違うんだ?」首をひねることも多い。
「セックスを断られた女子」に仕立て上げられたことが是が非でも正すべき誤解であるかどうかは人によるのだろうけれど、今改めて考えても訂正するなんて野暮をするくらいなら「岩見さんは俺と寝たかったんだなあ」と彼に思ってもらって何の不都合もない。結局Kくんと私の関係においてそんなことはトリヴィアルな事柄、あれはあれでよかったのだ。
というところまで辿り着くと私の思考は一段落し、と同時に鳥は短く鳴いて再びどことも知らぬ場所へ勢いよく飛び立っていく。

投稿者 shiori : 11:20

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