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2007年05月21日

カタカナ: ノルマ norma

 ソ連時代に労働者が一定時間内に遂行すべき労働量を示した言葉。シベリアに抑留されていた日本人が持ち帰ったと言われている。私有財産を持てないとなると人は働かなくなるので強制的に労働させるための制度だった。当時は囚人や捕虜だけでなく一般市民にも課せられていた。そもそもはラテン語の規範という意味。normal(標準的な)と同じ語源である。
 物事を進めるうえでノルマを課すというのは非常に有効な行為だ。とりわけ私のように組織に属さずに何かをしようとなると、ノルマを設定して自分を律しないとひどいことになる。また日々ノルマをこなすという感覚はそう悪いものではない。鈍重な歩みでも継続することによってどこかへ辿り着けると感じられる(あるいは錯覚できる)。ただ自分で課したノルマの場合、たとえ遂行できなくても自分に失望するだけで他人に迷惑が及ぶわけではないので、当然拘束力が弱くなる。物事を為すか為さないかは自分に課したノルマを遂行できる精神力にかかっている気がする。
 いっぽう人から与えられたノルマの場合、本人との合意で決めたノルマならともかく一方的に課せられるノルマは最悪である。「ノルマのある仕事はきつい」というイメージが定着しているから求人広告なんかには「一切ありません」と明記してあるけれど、結局能力給や出来高制なら同じことである。誰だって営業成績グラフを開示されたり報奨金やなんかであおられたらしゃかりきになるだろう。私も勧誘の経験があるからわかるけれど、あれは本当に危険だ。嫌な仕事だからお金はたくさんもらえるけれど、その先には何もない。ブラックホールのような虚無があるだけだ。
 換気扇のフィルターや浄水器を売りに来る人がいるけれど、皆顔色が悪くて口臭がきつい。苦しいのに苦しいと言えないから身体が悲鳴をあげているのだろう。元祖ノルマに苦しんだシベリア抑留者よりも救いがないかもしれない。少なくとも彼らは、戦争に負けたのでこんなに苦しかった、と堂々と言うことができたのだ。

投稿者 shiori : 12:45

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