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2006年07月17日

日記: 大義なき戦い

 人類誕生以来絶えることなく続いていると噂には聞いていたが、ほほう、なるほど、これが例のあれか、と溜飲を下した嫁姑問題、当方もようやくその実態をつかみつつあって、しかし実情を書くのは憚られるので一般論に留めるのだけれど、あれは確かにやむを得ない戦いだなと思うのである。
 しかし戦いといっても当人同士が罵り合い、殴る蹴るなどの暴力沙汰に及ぶ、なんてことにはならない。あからさまな対決は回避されるのがならわしである。なぜか。いくつかの理由があるけれど、ひとつにはそれが大義なき戦いであることに起因していると思われる。
 例えばである、姑は気に入らない嫁を運良くノックアウトしたとして、その先に何があるだろうか、はたまた息子の離婚か、中には実際に離婚させてしまう強者の姑もいるようだが、たいがいはそこまでは考えていないし(息子の不幸せを願う母がどこにいようか)、たとえ考えていたとしても「ずば」と口に出したり、そのために拳を振り上げるような野蛮な人はそういない。息子が決めたことだから、と一度は納得するのが常である。
 しかし、なんだかおもしろくない。そりゃそうである、手塩にかけて育てた息子を横取りされて、それがなんだか変な顔した変な言葉遣いの変なスカンタコの女、あんな女が好きやなんておもろないわ、ちょいとゆうたろ、ちょいといじめたろ、ちょいと恥かかせたろ、と思うのは当然なのである。
 むろん嫁のほうとて黙ってはいない。あのおばはん、うっとうしいな、とったとったゆうておたくの息子はんはものちゃうで、そんなちょっかい出すんやったら年とって困っても知らんど、助けたらへんど、くらいのことは思うのであって、いきおい世界平和が訪れることはまずないのである。
 そんな埒のあかぬ戦いをなぜ止めぬのか、もしや彼女たちは争いたいのではないか、という見方もある。それは意外に正しいのではないだろうか。相手に対する優位を示したいという気持がある限り摩擦は起きるのであって、同性同士であればその傾向はさらに強くなる。ちょっかいを出して相手が乗ってくれば俄然ヒートアップするだろうし、相手が素知らぬ顔をしていればそれでそれでヒートアップする。女たちの熱い季節なのである。
 もうこうなったら男なんて何の役にも立たない。そもそもこの戦いには乗り気ではないし、どちらかと言えば嫁の見方をするのだけれど、それもあまり露骨にすると角が立つ。だから両者からの訴えを聞き流すことに専心して、なだめすかして甘いキャンディーでも与えるのが関の山、強風に煽られて回転する風見鶏のようなものなのだ。気の毒と言えば気の毒なのだけれど、このあたりをないがしろにしているとあとで恐ろしいことになるので、くるくるとされるがままに回転するのが男の正しき姿だと思うのだけれど。
 というようなことを義母に赤裸々に語ってみてはどうだろうかと想像しないこともなくて、しかしそういうのはメルヘンであるなあと思いながら、出されたお茶をずずずとすすってとっておきのスマイルをひとつ。

投稿者 shiori : 14:35

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コメント

お互いにポジショニングを確認するためには仕方ない争いでしょう。
突如、今までいなかった女(男)が家族ズラするのだから距離感が
つかめないのはまあ当たり前のことだわな。
1,2年すれば放っておいても立ち位置が決まってぶつからなくなん
ないかなあ。ウチはわりとそんな感じだったけど。

それはいうなれば
前向きなあきらめ、なのかしら
周囲の人の話を聞いていると
確かに基本路線は数年のうちに決まるけれど
子供が生まれる、親が老いる、近くに住む、遠くに住む、
などの転機によって思わぬ方向に迷走するので
死んでみるまでわからない、という印象です
男性からの意見、参考になりました
メルシイ

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